KG-RCSP合同ゼミ

KG-RCSP合同ゼミは,異なる大学・研究科の複数のゼミが集い,メンバーの研究発表と外部ゲストの講演を交えた「多様性と類似性の相乗効果」の場です.毎回,ゼミメンバーの発表に加えて,興味深い研究をしておられる 「今,この人の話を是非聴きたい+学生たちに聴かせたい」と思える研究者をお招きして講演もしていただいています.聴講・議論への参加は,ゼミ内外,学部生/大学院生/職業研究者等々を問わず,どなたでも歓迎します.

(※第3回までは文学研究科の三浦・小川ゼミの合同ゼミとして開催されていました:第1回第2回第3回


第16回

【日時】2024年3月6日(水) 14:00-17:45

【場所】関西学院大学西宮上ケ原キャンパス 社会学部202教室

14:00 センター長あいさつ

第1部:ゼミメンバーによる発表

14:05-14:25 武田 拓海(大阪大学人間科学部B4(同大学院人間科学研究科進学予定))
特性自尊心と拒絶の予期が説得的メッセージの受容に及ぼす影響

説得的コミュニケーション研究において、自尊心が低い者への説得効果は先行研究で一貫していない。本研究ではこれを説明する理論として、低自尊心者は他者から拒絶されるのを懸念するというソシオメーター理論に着目した。この理論に基づき、「低自尊心者は拒絶が予期されないときには説得効果が小さく、拒絶が予期されるときには説得効果が大きい」という仮説を立て、拒絶予期の有無を操作する実験でこれを検証した。その結果、仮説は支持されず、高自尊心者・低自尊心者ともに拒絶予期によってリアクタンスの喚起や説得者の好感度の低下が起こり、拒絶予期が説得効果を高めることはないことが示唆された。

14:25-14:45 星野匠映(関西学院大学文学部総合心理科学科B4(同大学院社会学研究科進学予定))
動的環境における意思決定モデルの検討―経験の忘却過程に基づいたベイズ推論モデルの構築―

本研究の目的は、動的環境における意思決定モデルとして経験の忘却過程を表現したベイズ推論モデルの妥当性を検討することである。従来のベイズ推論モデルは事後分布に全ての経験を蓄積するという特徴がある。この特徴によってベイズ推論モデルは変動を伴う環境下における人の推論を捉えることができない。動的環境における適応的な意思決定のメカニズムは、遠い過去の経験を忘却して直近の経験を重視することである。そこで本研究では時間的距離に応じて経験の影響力が低減する過程を数理的に表現することでベイズ推論モデルを拡張する。ベイズ統計モデリングによって、拡張したベイズ推論モデルといくつかの強化学習モデルを比較・評価した。拡張したベイズ推論モデルは従来のベイズ推論モデルでは捉えられなかった動的環境における意思決定を捉えることができた。また拡張したベイズ推論モデルに不確実性回避選好とリスク回避選好を組み込むことで人間の意思決定におけるバイアスを修正し、ベイズ推論モデルが優れた拡張性を持つことを示した。本研究は動的環境における意思決定プロセスの基礎的なモデルを提供することができた。

14:45-15:05 岡田葦生(日本学術振興会特別研究員・関西学院大学大学院社会学研究科D2)
政治を語る資格

政治行動への積極性と関連する主たる変数として、政治関心や政治の重要性といったものが挙げられる。しかし、日本では政治関心や政治の重要性の認知が高い反面、政治行動に対しては消極的という特異的な傾向が観察されている。本研究では、「政治に関わるためにはそれ相応の資格が必要だ」という個人差変数の影響を考慮することでこのパズルの解消を試みる。つまり、政治への関心は高く、その重要性は認識しているものの、政治に関わるためには十分な資質が必要だという価値観が政治行動の抑制に繋がっていると予測する。本報告ではこの政治関与の資格尺度のプレ調査に関する結果を報告する。

15:05-15:25 井上心太(関西学院大学大学院社会学研究科M2)
内集団ひいきにおける意思決定プロセスの検討

本研究の目的は、内集団ひいきに対して理論的に想定される2つの心理過程がどのようなプロセスで働くのを検討することである。内集団ひいきとは、人が自分の所属する集団の他者に対してより協力的・好意的にふるまう行動を指す。先行研究において内集団ひいきは大きく2つの観点から説明されてきた。一方は同じ集団の他者の得られる利得に対して動機づけられるという説明であり、もう一方は同じ集団の他者に協力すれば自分も同じ集団の他者から協力されるという信念によって引き起こされるという説明である。その中で、これら2つの心理過程が両立する可能性が指摘されている(e.g. Nakagawa et al., 2022)。そこで本研究ではそれぞれの心理プロセスを数理モデルによって表現し、人々の意思決定プロセスとしてより妥当なモデルを検討する。本研究では、分配の意思決定を利他性と平等性の二つのパラメータに切り分けることができる武藤(2006)のモデルを基盤とし、二つの心理過程がどのようにパラメータに影響を与えるのかを表現するモデルを複数作成・比較した。そして、実験によって得られたデータに基づくモデル評価の結果、二つの心理過程が条件に応じて排反的に働くこと、利他性だけでなく平等性が内集団ひいきの意思決定において重要な役割を果たすことが示された。

15:25-15:45 李 葎理(大阪大学大学院人間科学研究科M2)
非就業者への自己責任論に対する相対的剥奪の効果

本研究では,相対的剥奪 (他者と比較して不利な状況にあると認識することで生じる不快な体験が非就業者の自己責任論に与える影響を検討した。相対的剥奪感が強い人は,自分よりも立場の弱い人々に対して攻撃的になることが先行研究によって示されてきた。本研究では,シナリオを用いた操作 (研究1,研究2),課題への報酬額を用いた操作 (研究3) という複数の実験的手法を通して,相対的剥奪が非就業状態の原因を当該個人に帰属する傾向を強めるかどうかを検討した。また,3つの研究を通して,操作により急性で喚起された相対的剥奪と,尺度で測定する個人差としての慢性的な個人的相対的剥奪感という違いが,非就業の自己責任論に異なる影響を及ぼすのかに着目した検討も行った (研究1―3)。本研究の結果,いずれの相対的剥奪の操作も非就業の自己責任論へ及ぼす影響は見られなかった。個人差としての相対的剥奪感は非就業者の自己責任論と正の関連をもつことが示唆されたが,サンプルの属性,もしくは尺度呈示のタイミングの違いによっては関連が見られなかった。相対的剥奪の個人差と操作の違い,今後の展望について議論した。

(休憩15分)

16:00-16:30 小林穂波(日本学術振興会特別研究員・関西学院大学文学研究科D3)
人間の視覚情報探索についての視覚採餌課題による探求

人間の行動には、知覚による探索が不可欠である。本研究は、人間が色や形などの視覚特徴に基づいて環境内の情報を探索することを視覚情報探索と呼び、探索の経験と連合学習による視覚情報探索の効率の変化を調べた。これまでの認知心理学における視覚情報探索の研究は、現実世界の表象の中で行われる探索を想定しており、表象内の探索を支える要因が、現実世界の探索をも同様に支えるかどうかは明らかではない。そこで、本研究では、動物が餌を探して食べる行動の理論である最適採餌理論の観点から視覚情報探索を捉えることで、探索主体と環境との相互作用を理解するための新たな枠組みの構築を目指して、2つの研究を実施した。これらの研究結果から、最適採餌理論を利用することで、環境の変化に応じて方略を変容させていく動的なシステムとして視覚情報探索を理解できる可能性を示した。今後、最適採餌理論に基づく同様のアプローチが利用されている意思決定研究や、主体と環境の相互作用の中に人間の心を位置づけるエナクティヴィズムの研究との統合と発展を通して、探索を中心とした新たな認知観の構築が期待される。

(休憩10分)

第2部:招待講演

16:40-17:40 岩谷舟真さん(東京大学大学院人文社会系研究科・助教)
多元的無知と文化:コロナ禍の社会に着目した検討

多元的無知状態とは、集団の1人1人は規範を支持していないが、「他の人は規範を支持しているだろう」と誤って互いに予想して、結果、集団の多くのメンバーが支持しない規範が集団で維持されている状態のことを言う。これまで、日本における相互協調性や男性の育休取得率の低さ、アメリカの大学における飲酒規範など、様々な規範が多元的無知状態で維持されていることが指摘されていた。一方で、多元的無知の文化差については十分検討されていない。本発表では、コロナ禍の日本社会において感染予防に関する規範が多元的無知状態で維持されている可能性を示唆する発表者らの研究結果を紹介し、それをアメリカ社会について論じた先行研究と比較する。最後に、多元的無知状態の維持メカニズムについて、文化や社会環境の差異に着目しながら整理することを目指す。

17:40 初代センター長あいさつ


第15回

【日時】2023年8月2日(水) 14:00-18:00(予定)

【場所】大阪大学吹田キャンパス 大学院人間科学研究科本館1Fインターナショナルカフェ(交通アクセス)※関西学院大学ではありませんのでご注意ください※

14:00 センター長あいさつ

第1部:ゼミメンバーによる発表(発表20分,質疑20分)

14:05-14:45 李 葎理(大阪大学大学院人間科学研究科博士前期課程2年)

非就業者への自己責任論に対する相対的剥奪の効果の検討

相対的剥奪とは,人が自身と類似した他者と比較して不満に感じることを指す。この傾向が強い人は,自分よりも立場の弱い人々に対して攻撃的になることが先行研究によって示されてきた。本研究では,相対的剥奪を感じている人が非就業状態の原因を個人的な要因へと帰属させやすいのかどうかを検証するため,相関的研究 (n = 334) と実験的研究 (n = 264) の2つのWeb調査を行った。その結果,相対的剥奪尺度得点の高さは非就業状態の個人的帰属を有意に予測した。しかし,操作された相対的剥奪感は個人的帰属に対して負の影響を示した。人々の慢性的な剥奪感が個人を非難するような原因帰属を助長させる可能性が示唆された。

14:45-15:25 井上心太(関西学院大学大学院社会学研究科 博士前期課程2年)

内集団ひいきの意思決定プロセスに対する数理モデルを用いた検討

人は同じ集団に所属する他者に協力的にふるまう。この行動傾向は内集団ひいきと呼ばれ、数多くの研究が行われてきた。特に実験場面における内集団ひいきは、現実には価値を持たない些細な条件によって参加者を二つの集団に割り当てる最小条件集団パラダイム(以下MGP)を用いて検討されてきた(e.g. 神・山岸・清成, 1996; Tajfel et al., 1971)。しかし、先行研究では、MGPにおける人々の具体的な分配のパターンをどのように変化させるかについては検討されていない。そこで本研究では数理モデルを用いてMGPにおける内集団ひいきを検討する。数理モデルを用いることで、協力行動のデータからはわからない人々の意思決定プロセスを表現することが可能となる。本研究では武藤(2006)のモデルを採用し、分配の意思決定を利他性と平等性の二つのパラメータに切り分ける。実験の結果、MGPにおいて外集団他者を分配の対象とする条件よりも、内集団他者を分配の対象とする条件の方が利他性が高いということが示された。当日では、中川ら(2015, 2019)の行った現実集団を対象とした内集団びいき研究を同様のモデルを用いた分析を行った結果も報告する。

(休憩10分)

15:35-16:15 三木毬菜(関西学院大学大学院社会学研究科 博士前期課程1年)

協力率の異なる他者がいる集団で人はどのように他者への協力期待を更新していくのか―モデルによる検討―

繰り返しのある社会的ジレンマゲーム(Social Dilemma Game: SDG)において、人はある社会的価値志向性に基づいて、また、他者の協力/非協力行動を社会的に学習することを通して自身の行動を決定するとしたモデルに水野・清水(2020)がある。彼らのモデルによると、人の協力行動の決定は、他者の過去の協力の履歴に基づく学習と利得構造から得られる収益に基づく学習に基づくとされる。しかし、水野・清水モデルでは他者全般の協力行動を学習する個人が想定されているので、他者全般の協力率に対する行動を予測する上では有効であるが、特定他者に対する協力行動の推測において人がどのような他者の行動履歴を参照するかについての予測は内包されていない。そこで、本研究では協力率の異なる他者がいる集団において、人がどのような個人を参照し、他者の協力行動に対する期待を更新させているのかをモデルを用いて検討する。

(休憩10分)

第2部:招待講演

16:25-17:55 村山綾さん(近畿大学国際学部准教授)

1. 日本人は何を、なぜ、変えたくないのか?―変化への抵抗とシステム正当化―

経済/ジェンダー格差、政治的イデオロギーによる対立、マイノリティに対する否定的反応といった、さまざまな集団階層や社会的カテゴリーを起因とする集団間葛藤が顕在化している。このような社会集団間の葛藤を低減させるために、個々人の意識や行動に働きかけることももちろん重要ではあるが、法律を含む社会システムを見直し、改善していく必要性も高いと考えられる。しかし一方で、人はたとえ現状の社会システムに問題があり、機能不全を起こしていたとしても、そのことを織り込み済みで“予測可能な世界”を選好することがこれまでの研究で示されてきた(Kay & Jost, 2003)。結果として、社会集団間葛藤を低減させるための社会システムの導入は遅れ、現状の問題がさらに複雑化、深刻化するという状況に陥っているように見受けられる。本発表では、上記のような背景を踏まえつつ、日本人に焦点を当てて行ってきた変化への抵抗、ならびにシステム正当化理論(Jost, 2020)に関わるいくつかの研究を紹介したい。具体的には、日本社会において、どのような変化が受け入れられにくいのか、変化への抵抗と関連する変数はどのようなものかについて取り上げる。また、新型コロナウイルス感染禍における日本の医療システムへの脅威や依存とシステム正当化との関係について検討した研究も紹介する。

2. 3人の子育てと研究生活

2008年に博士号を取得した2ヶ月後に長男を出産、それから約15年…、子育てと研究活動は現在も継続中です。特に子育てに関しては、3人のうち2人が一卵性双生児だったこともあり、なかなかレアな経験をしてきたのではないかと思います。一般化は難しいですが、1つの事例として、3人の子育てと研究活動をなんとか続けてきた(こられた)中で考えたこと、今あらためて振り返ってみて思うことなどを皆様と共有できればと思います。


第14回

今回は,センターメンバーが指導するうち大学院生3名が自身の研究成果や研究計画を発表するとともに,難波修史さん(理化学研究所)をお招きした講演を行います.

対面のみの開催とします.ご参加に際して事前連絡は必要ありません.ご不明な点は稲増一憲(k-inamasu@kwansei.ac.jp)にお問い合わせください.

【日時】2023年3月10日(金) 13:25-17:40(予定)

【場所】関西学院大学西宮上ケ原キャンパス 社202教室(社会学部棟 マップ中21番の建物)

13:25 センター長あいさつ

第1部:ゼミメンバーによる発表

13:30-14:10 温 若寒(大阪大学大学院人間科学研究科D1)

Development  of a Chinese Multidimensional Measure of Online Disinhibition and Examination of Cultural Differences Between Japan and China

With the massive growth of Internet users, deviant behavior on the Internet has gradually become a serious social problem in China. Online disinhibition is considered to influence online behavior. This study involved the development of a multidimensional measure of online inhibition (MMOD) to assess the degree of online disinhibition of Chinese Internet users. In Study 1, we translated the Japanese MMOD into Chinese and determined the factor structure and items for a Chinese MMOD through confirmatory factor analysis. Its factor structure and item composition were the same as those of the Japanese MMOD. In Study 2, after confirming measurement invariance across countries, the degree of online disinhibition of Japanese and Chinese users was compared. Finally, we attempted to explain the high scores for online disinhibition in China from the perspective of environmental and cultural characteristics.(発表は日本語で行います)

14:10-14:50 柏原宗一郎(関西学院大学大学院社会学研究科D1)

1vs1の先制攻撃ゲームの意思決定メカニズムの基礎的検討

他者に対する先制攻撃は、個人間の争いだけでなく、紛争や戦争など集団間対立の引き金となりうる。本研究は、人が他者に対し攻撃行動を行うメカニズムを、先制攻撃ゲーム (Simunovic et al., 2013) を用いて検討する。先制攻撃ゲームでは、2人ペアになり、制限時間内にお互い「攻撃」・「防御」・「なにもしない」の3つの選択肢を選ぶ。参加者が合理的なら、お互い「なにもしない」のが最大利得を得られる方法であるが、他者から攻撃を予期するなら「攻撃」や「防御」が最適となる。本研究は、この先制攻撃ゲームをStrategy Methodを用いて実施した。加えて、利他性や平等性などの社会選好を考慮した数理モデルによる分析や、一般的信頼やZero-Sum Beliefといった心理変数との関連も探る。逐次手番の先制攻撃ゲームでは、BZSGや一般的信頼、個人的相対的剥奪と弱い相関が見られた。同時手番型の結果については当日発表予定している。

(休憩10分)

15:00-15:40 中川令実(関西学院大学大学院文学研究科M1)

顔識別における単眼優位性効果のメカニズム

私たちは視覚情報が左右いずれの眼から入力されたか(由来眼;eye of origin)を意識的に認識することはできない.両眼からの神経信号は,視覚経路の初期段階では分離されているが,大脳皮質における視覚処理の初期段階で統合されるためである.しかし,この由来眼の情報がより高次な認知処理に影響することを示唆する知見がいくつか報告されている.例えば,Gabay et al.(2014)は2つの画像が同じ眼に連続して呈示される場合に,異なる目に呈示されるよりも異同判断のパフォーマンスがよくなることを報告している.興味深いことに,この単眼優位性効果は顔画像に対してのみ生じるとされている.本研究の目的は,この顔識別における単眼優位性効果の具体的なメカニズムを明らかにすることであった.ステレオスコープを用いて正立あるいは倒立の顔画像を左右一方の眼に呈示し,連続して呈示された画像が同じ顔か異なる顔かを判断させた.その結果,先行研究と同様に,連続する顔画像が同じであると判断する場合には同じ眼に呈示される方が,顔画像が異なると判断する場合には異なる眼に呈示される方が,より高いパフォーマンスを示した.これは顔画像が正立である場合と倒立の場合の両方において見られた.さらに,モデリングの手法をもちいて,このパフォーマンスの促進がどのような心的プロセスの変化によるものかを検討する

(休憩10分)

第2部:招待講演画像

15:50-17:20 難波修史さん(理化学研究所 情報統合本部心理プロセス研究チーム研究員)

感情研究の概観と感情語用論への移行

発表者は主要な感情に関する理論的立場を4つ紹介する。その骨子を簡単に説明した後、それらの最新理論とそれを支持する方法論を簡単に概観する。さらに言語哲学領域の理論 (言語行為論) と感情を接続することで、感情を多元的に説明することを目指した感情語用論 (Theory of Affective Pragmatics) を紹介する。それらの理論を俯瞰して咀嚼したうえで、発表者がたどり着いた場所は「感情などもういらぬ」という結論であった。本質主義を脱した我々のたどり着く先に「感情心理学」は残らないのか。感情表情の科学が行きつく末を議論したい。


第13回

今回は,大学院生4名が自身の研究成果や研究計画を発表するとともに,澤幸祐先生(専修大学人間科学部 教授)をお招きして行います.澤先生は大阪大学人間科学部・関西学院大学文学研究科のご出身ですので,この合同ゼミに関わる4ラボといずれもゆかりの深い方です.

今回の合同ゼミは対面とオンラインのハイブリッド開催とします.オンラインでの参加には事前登録が必要です.

オンライン参加に際しては,以下のURLから事前登録をお願いします.登録承認後,「第13回KG-RCSP合同ゼミ確認」というタイトルでアクセス要領が書かれた返信メールが届きます.「ここをクリックして参加」をクリックするか,ZoomにアクセスしてミーティングIDとパスワードを入力して参加してください.

ご不明な点は稲増一憲(k-inamasu@kwansei.ac.jp)にお問い合わせください.

https://us06web.zoom.us/meeting/register/tZ0pcOyoqTotHNC14ZUcy868brTz8ttcwUkr
ミーティングID:894 7507 1764

【日時】2022年7月27日(水) 13:00-18:00(予定)

【場所】対面:関西学院大学西宮上ケ原キャンパス E102講義室
オンライン:Zoom(要登録)

第1部:招待講演

13:00-14:30 澤 幸祐 先生(専修大学人間科学部 教授)アバター

なぜ学習心理学者がベルクソンに興味をもっているのか

これは私見だが、心理学という学問は自然科学と人文学の交差点にある。少なくともいくつかの分野の心理学は、置き換え不可能な個別の生を生きる生物の心的過程を、置き換え可能な物質に対して適用される伝統的な自然科学の作法によって扱おうとしてきた。こうした心理学の自然化のなかで、「どうすれば自然科学の作法に乗るか」についての多くの考察があり、その中には「哲学的決断」とも呼べるような過程が含まれていた。例えば心理測定は「心的状態や機能を数値化する」という作業だが、その背景には「心的状態を元とした集合がある」「元としての心的状態は(場合によっては内観を含む)反応によって分離・比較が可能である」といった、相当に強い仮定についての「哲学的決断」が含まれることがある。こうした「哲学的決断」のおかげで心理学は自然科学的方法を適用可能な場面が増えた一方で、その多くは内在化され、明示的には顧みられないことが多いように見受けられる。
アンリ・ベルクソンは、少なくとも私のような学習心理学者が内在化して前提としている多くの「哲学的決断」に対して、厳しい批判を加えているように見える。「意識に直接与えられたものについての試論」では、当時の心理学者・精神物理学者としてヴントやジェームズ、フェヒナーが取り上げられ、質的対象を量的対象であるかのように扱うことや、時間的な厚みを持ったものを切断して扱うことなどについて様々な議論が行われている。その批判は、実験心理学者からすれば「そういわれましても」という部分があることは認めつつも、ベルクソンの主張を(すべてではないにせよ)組み入れた「哲学的決断」に基づいた「ありえたかもしれない別の心理学」の可能性も感じさせる。そこで本発表では、特に連合学習を中心とした学習心理学領域において、発表者がこれまでに行ってきた研究を題材に、ベルクソン的発想との接合を試みる。

(休憩)

第2部:ゼミメンバーによる発表

14:50-15:30 小林 穂波(関西学院大学大学院文学研究科D2・日本学術振興会特別研究員DC1)

視覚情報探索の学習と最適化に関する最適採餌理論を用いた枠組みの検討

私たちは、常に何かを探索している。その中でも、視覚情報の探索は日常生活に欠かせないもので、視覚探索課題 (visual search task) を使った研究は認知心理学の重要な研究テーマであり続けてきた。最近では、視覚探索課題という限定された環境の中で探索標的を探すという課題を改変し、より日常的な意味での探索という行動の解明に寄与できるように、より現実的で複雑な実験刺激や課題状況を利用しようという機運が高まっている。しかし、刺激や課題を複雑にした場合、何の理論を検証しようとした研究であるのかが混乱しやすく、様々な課題における個々の実験結果が氾濫する事態を招きやすい。そこで、本研究は、動物が餌を探索する行動を扱った最適採餌理論を行動生態学から援用して発展させることで、視覚情報の探索を統一的に理解する枠組みの構築を試みている。本発表では、まず、採餌状況を模した視覚的採餌課題を利用して、標的刺激の特徴を学習し探索を最適化する過程について検証した研究の結果を紹介する。さらに、最適採餌理論を用いた統一的な探索研究の枠組みの構築について、現状を報告し、今後の方向性について議論を行いたい。

15:30-16:10 水野 景子(関西学院大学大学院社会学研究科D2・日本学術振興会特別研究員DC1)

社会的ジレンマ状況における罰の逆効果

皆が自分の利益のために行動すると皆が損してしまう状況は社会に多く存在し、協力しない人を罰する制度が導入されることがある。しかし、一部の研究では、罰制度を導入したあと廃止すると、むしろ罰を導入しなかった場合よりも人が協力しなくなることが報告されている。もしそれが頑健に起こるのであれば、罰の導入には慎重になるべきであろう。そこで本研究では、罰制度のある状況を経験していない統制群よりも罰を取り除いたあとの実験群の協力が下がる現象を罰の逆効果と定義し、罰の逆効果が起こるかどうかに注目した。本研究は、対象となる現象が安定して起こることを確認したのちに次の課題としてそれが起こる心理プロセスを検討するという過程の、現象が再現されるかの確認の段階に位置づけられる。昨年事前登録のうえ行った発表者らの追試研究では、罰の逆効果は再現されなかった。そこで次に、罰の大きさや罰の与え方 (いくら貢献すればよいかの基準を示す罰と最も貢献が少ない人に対する罰) を変えて実験を行う。発表では、上記2つの実験について報告するとともに、十分な参加者数を得る手段として有効なオンライン集団実験についても紹介したい。

(休憩)

16:20-17:00 中越 みずき(関西学院大学大学院社会学研究科D2・日本学術振興会特別研究員DC2)

支援に「値する」こと:Deservingnessヒューリスティックはイデオロギーを超越するか

本研究では,公的支援に関する判断に用いられるヒューリスティックとしてDeservingnessヒューリスティックに注目した。社会保障に関する判断を求められたとき ,人は困窮者の属性情報を手がかりとして利用する。これをDeservingnessヒューリスティックという。Deservingnessヒューリスティックはヒトに備わった生得的性質であり,政治的価値観を超越して機能するとされる。コンジョイント実験の結果,有権者は困窮者の「勤勉さ(怠惰さ)」や「不運さ」にまつわる属性をDeservingnessヒューリスティックとして用いやすいことがわかった。さらに,保守派とリベラル派とで手がかりとする属性に違いがあるかを検討したところ,タイムプレッシャーによる認知制限を設けた場合には,イデオロギーによる差異はみられなかった。本結果は支援に「値する(値しない)」困窮者像がイデオロギーを超越して共有されている可能性を示唆する。
(※本発表はオンラインで行われます)

17:00-17:40 山縣 芽生(大阪大学大学院人間科学研究科D3)

COVID-19流行下における忌避反応の時系列変化: 2020年1月から2021年11月の16波パネル調査に基づく検討

2020年から現在までも続くCOVID-19の世界的流行の中で,人々の心理・行動はどのように変化していったのだろうか。先行研究に基づけば,COVID-19流行の深刻化に伴って,脅威への忌避反応としての感染予防行動や外集団成員への排斥が線形的に増加することが予測される。しかし,2020年1月末から同年3月上旬までの時系列データを分析したYamagata et al.(2021)では予測とは異なる結果が得られ,2020年1月末で既に人々は緊張状態にあったことが明らかとなった。本研究では,その後の社会的状況が深刻化したことや,時系列変化をより構造的に捉えるために,Yamagata et al. (2021)のパネル調査を継続して約2年にわたる16波データでの検討を行った。主要な変数ごとに時系列推移が変化するポイントを検出した結果,第1回目の緊急事態宣言の発令直前から発令期間中(2020年3月~4月)と,感染流行第3波の直前(2020年11月)を起点に変化が見られた。本発表では,変化点前後のトレンドについて個人属性やCOVID-19の感染状況の観点から考察する。


 

第12回

【日時】2022年3月4日(金) 13:30-18:30(予定)

【場所】オンライン(Zoom)での開催

第1部:ゼミメンバーによる発表

13:30-14:00 井上 心太(関西学院大学社会学部B4(同大学院社会学研究科進学予定))
認知課題を用いた親密さ測定法の提案

本研究の目的は、認知課題を利用した新たな親密さの測定法を提案することである。従来、親密さを測定するために様々な尺度が開発されてきた。しかし、これらの尺度について、自己評定式尺度であるため測定結果にバイアスが生じること、親密さを測定する尺度の多くは、それが基盤とする理論に基づいた尺度作成がされていないこと、といった問題点が挙げられている。そこで本研究では、Aron, Aron, Tuder, & Nelson(1991)のInclusion of Other in the Self(IOS)の観点から、認知的な連合として親密さを測定する方法を提案することでこの問題を解決する。本研究ではDrift Diffusion Modelを利用し、測定の際に生じる非決定時間や慎重さといったバイアスを取り除き、親密さを表すと考えられる純粋な連合を測定した。三つの研究をおこなった結果、認知課題によって測定された親密さは、質問紙で測定された親密さ得点と有意に相関することが示された。

14:00-14:30 中川令美(関西学院大学文学部B4(同大学院文学研究科進学予定))
視覚統計学習における事象間の共通性の役割

本研究では,視覚的規則性の学習が課題切り替えによってどのように変化するかについて検討した.学習フェーズでは,参加者は呈示されたシーン画像に対して,シーンカテゴリ判断課題またはシーン内に人がいるかどうかを判断する課題を,試行ごとにランダムに切り替えながら行った.このとき刺激系列は,常に連続して出現する2枚ずつの画像ペアから構成されていた.テストフェーズでは学習フェーズにおいて呈示されていたターゲットペアと呈示されなかったフォイルペアについて二択の強制選択課題を行わせ,刺激系列が学習されているかどうかを検討した.その結果,画像間で多くの特徴を共有するペアにおいて,より強く統計学習が生起した.さらに課題切り替えや反応生成のタイミングを変えることで,抽出される特徴が変化した.本研究の結果は,連続する事象間における特徴の共通性が視覚統計学習のパフォーマンスを変化させることを示している.

14:30-15:00 田島 綾乃(関西学院大学大学院社会学研究科M2)
オタクの自己開示の状況と自己呈示方略の検討

オタクと呼ばれるアニメ・マンガ・ゲームを愛好する人々は、年々増加し今や少数派とは言えなくなっている。しかし、オタク趣味を持つことを他者から隠そうとする行動がオタクたちの中に散見される。本研究の目的は、オタクが自己開示を行う状況によって趣味開示の程度は異なるのか、そして自己紹介時における自己呈示方略について検討するものである。調査では、自己紹介場面を不確実性高条件、不確実性低条件 (オタク有)、不確実性低条件 (オタク無) と設定し、各条件においてどの程度オタク趣味を開示するか、web調査実験を行った。結果、すべての条件において趣味の開示得点に差が見られ、不確実性が高い状況において, 周囲にオタクがいない状況と同様, オタク趣味を話す程度が低くなることが示された。また、オタクが自己紹介の場面に遭遇した場合にどのような自己紹介を行うかについて自由記述で回答を求めた。結果、「一般人呈示型」「シグナル型」「様子見型」「オタク開示型」の自己呈示方略を用いることが示された。

(休憩)

15:10-15:40 岡田 葦生(京都大学大学院法学研究科D2(関西学院大学大学院社会学研究科博士後期課程進学予定))
政治忌避意識の心理的構造

近年の日本では投票率の低下が問題視されているが、日本の有権者の政治的消極性は投票参加のみにとどまらない、政治参加全体に及んでいる。こうした傾向の説明の一つに、政治性そのものを嫌う心理からこの現象を捉えようとする立場がある(西澤 2004)。一方で、この政治忌避意識の内容はどのようなものであるか、すなわち人々が具体的に政治のどのような側面を嫌っているかについては十分に解明されていない。本研究では自由回答データに対してトピックモデルを用いることで、この心理の質的多様性を描き出すことを試みた。その結果、政治忌避意識には既存の政治意識概念と重複する要素も多く含まれる一方で、それらとは異なる側面もいくつか含まれることが明らかとなった。本研究の結果は、人々の政治との向き合い方の理解と、それを踏まえた市民の政治的活性化に対して有用な示唆を与えるものである。

15:40-16:10 西辻 好花(神戸女学院大学人間科学部B4(大阪大学大学院人間科学研究科進学予定))
不公正世界信念と公正世界信念

公正世界信念とは、「正の投入には正の結果が伴う」といった、世の中の公正に関する信念である。対して、不公正世界信念とは、「世の中に公正は存在しない」という信念のことを指す。公正世界信念は、心の健康に正の関連があるとされており(Fatima & Suhail, 2010)、不公正世界信念は怒りや防衛的なストレスコーピングと正の関連があるとされている(Lench& Chang, 2007)。Lench & Chang(2007)の研究においては、不公正世界信念を測定する尺度が作成され、公正世界信念と負の関連があることが分かっている。しかし、Maes & Schmitt(1999)の多元的な尺度を用いて、公正世界信念と被害者非難との関連を検討した村山・三浦(2015)の研究においては、公正世界信念の一種である内在的公正世界信念と不公正世界信念は無相関となっている。日本における不公正世界信念と公正世界信念の関係を検討することを目的として、今後の研究を行っていく予定である。

16:10-16:40 李 葎理(追手門学院大学心理学部B4(大阪大学大学院人間科学研究科進学予定))
相対的剥奪と非就業状態の原因帰属との関連-公正世界信念の調整効果の検討-

相対的剥奪とは,人が自身と類似した他者と比較して,奪われていると感じることを指す。この傾向が強い人は,自分よりも立場の弱い人々に対して攻撃的になることが,先行研究によって示されてきた。本研究の目的は,個人的な相対的剥奪(Personal Relative Deprivation: PRD)を感じている人が,非就業状態の原因を個人的な要因へと帰属させやすいのかどうかを検証することであった。また,相対的剥奪と原因帰属との関連における公正世界信念の調整効果についても,併せて検討を行った。オンライン調査会社に依頼し,19歳から34 歳の就業者400名を対象にデータを収集した。分析の結果,PRDの高さは,非就業状態の個人的帰属を有意に予測していた。しかし,PRDと公正世界信念の下位次元の交互作用は有意ではなく,公正世界信念は,PRDと非就業状態の原因帰属の関連を調整しなかった。これらの結果から,人は剥奪を感じたときに,個人を非難するような原因帰属を行うことによって,自己の回復を図る可能性が示唆された。

(休憩)

第2部:招待講演

17:00-18:30 齋藤 僚介 先生(大阪大学大学院人間科学研究科・日本学術振興会特別研究員)
ナショナリズムをめぐる社会問題の実証研究

近年、排外主義的社会運動やインターネット上での差別的書き込み等が社会問題となっている。この問題に対して、とりわけ注目されてきたのがナショナリズムである。一方で、近年のナショナリズムに関する先行研究によれば、ナショナリズムは多様な類型として捉える必要があるとされる。そこで、本研究では、個人の意識としてのナショナリズムの類型と社会的文脈に着目して彼らのナショナリズムを伴う差別的行為の生成メカニズムを明らかにすることを試みた。本研究では、従来の社会運動論をミクロマクロリンクとミクロな理論としての合理的選択理論のもとで再構成した、K. Opp(2009)の社会運動の理論に依拠する。理論的な検討、および社会調査データの計量的な分析の結果、デマゴーグが受容されやすい2つの社会的条件のうち一方が成り立っている社会状況で、ネーションに全面的にアイデンティフィケーションするナショナリズムの持ち主に、権利問題がフレーミングされた場合に、そのうち正義感がある人々が排外主義的集合行為に参加しやすいことがわかった。


第11回

【日時】2021年7月28日(水) 13:00-17:20
【場所】オンライン(Zoom)での開催

第1部:ゼミメンバーによる発表

13:05-13:45 水野景子(関西学院大学社会学研究科博士後期課程1年・日本学術振興会)
モデルに基づく社会的価値志向性の測定

本研究の目的は、社会的価値志向性 (SVO)の新たな測定法を提案し、再テスト信頼性と予測妥当性を検討することである。 自他の利得バランスに対する選好であるSVOの個人差は、実験ゲームや現実場面での協力行動の個人差を予測する。現在、SVOの測定には、連続量で利他性を測定でき、かつ向社会的SVOを平等志向と共同利益最大化志向に弁別できるSVOスライダー法 (SSM: Murphy, Ackermann & Handgraaf, 2011) が広く用いられている。しかし、SSMには、回答に一貫性がない回答者のSVOが向社会的SVOに分類されやすい (Bakker & Dijkstra, 2021) 問題や、利他性が不当に低く算出される問題がある。これらの問題は、SSMで仮定されている数理モデルが不適切なのではなく、SSMの課題および得点の算出方法が、仮定されている数理モデルのパラメータを算出するのに適していないことに起因すると考えられる。そこで本研究では、SSMで仮定されている数理モデルのパラメータを直接推定してSVO値とすることで、上記の問題を解決する。本研究の手法には、上記の問題を解決できるほか、向社会的SVOに分類される回答者以外についても、利他性と独立した指標として平等志向性を算出できる利点がある。3つの研究を行った結果、本研究で測定したSVOはSSMと同程度の再テスト信頼性を有し、インセンティブのある最後通牒ゲームの結果を予測できることが示された。

13:45-14:25 柏原宗一郎(関西学院大学社会学研究科博士前期課程2年)
自尊心IATの妥当性の検討 -課題の修正とモデリングによる検討-

本研究は、自尊心IAT (Implicit Association Test)の妥当性向上のために、課題修正とモデリングの観点から検討を行った。複数の先行研究において、質問紙で測定する自尊心とIATで測定される自尊心との間には、相関が低い又は見られないことが示されている(e.g. Ulrich, 2019)。単一の対象のみを用いるのSingle-Category IAT(SC-IAT; Karpinski & Steinman, 2006)では、相関が見られているが、日本人を対象とした調査では、これまで同様相関が見られていない。そこで、本研究は、参加者の名前やあだ名のみを自己の刺激語とするSC-IATを用い、質問紙で測定される自尊心との間に相関が見られるか検討を行った。結果、IATによって測定される自尊心得点と質問紙によって測定される自尊心得点の間に、相関が見られることがわかった。

(14:25-14:40 休憩)

14:40-15:20 温若寒(大阪大学大学院人間科学研究科博士前期課程2年)
オンライン脱抑制尺度の作成に関する研究

人間はオンライン世界に入ると、現実世界ではしないような行動をとることがよくある。このような現象について、Suler(2004)は「オンライン脱抑制効果」によるものとして説明している。しかしこれまでの先行研究では、オンライン脱抑制とは何かという構成概念が乱立しているという問題がある。概念的混乱により、人間のオンライン脱抑制の程度を的確かつ詳細に測定できるツールも開発されていない。そこで、本研究ではオンライン脱抑制の構成概念を再考・整理した上で、新たなオンライン脱抑制尺度を開発することを目的とする。まず、半構造化インタビューを行って、オンライン脱抑制についての経験を幅広く収集した。次に、著者が提案する新たなオンライン脱抑制の捉え方に基づいてインタビューの内容分析を行い、オンライン脱抑制尺度の予備尺度を作成した。現在は、予備尺度を用いた調査データを分析している段階である。本発表では、これまでの成果を報告するとともに、今後の方向性についても議論したい。

15:20-16:00 趙心語(大阪大学大学院人間科学研究科博士前期課程2年)
主観的社会階層がもたらすダブルモラルスタンダード―Wangら(2020)の追試的検討―

主観的社会階層が低い人は社会資源が少ないため利己的に行動し、自分より他者の利他行動を多く期待する(ダブルモラルスタンダード;Wang et al., 2020)。反対に、主観的社会階層が低い人は相互依存の生活環境に置かれるので利他的に行動する傾向があるという知見もある(Piff & Robinson, 2017)。本研究では独裁者ゲームを用い、そのどちらが正しいのかを検証した。351名の実験参加者が「自分条件」と「他者条件」にランダムに振り当てられた。自分条件の参加者は、金銭の分配場面で自分が受け手にいくら分配するかを回答した。他者条件の参加者はある架空の人が受け手にいくら分配するかを回答した。その結果、自分条件では主観的社会階層が低い人がより多くの金銭を分配した。つまり、主観的社会階層が低い人は、他者に期待するよりも「自分は利他的に行動すべきである」と考えていることがわかり、Piff & Robinson(2017)の説が支持された。

(16:00-16:15 休憩)

第2部:招待講演

日本語による講演です(The presentation will be given in Japanese.).

16:15 -17:15 Tetsuro Kobayashi (City University of Hong Kong)・Jaehyun Song (Kansai University)・Polly Chan (University of Oxford)

Preference falsification in authoritarianizing context: List experiments on the Hong Kong National Security Law

Preference falsification poses a threat to credible assessments of public opinion, especially in authoritarian societies. Extant studies have employed alternative question formats, such as list experiment, to elicit truthful responses and estimate the magnitude of preference falsification among critics of authoritarian regimes (e.g. China). However, little is known about preference falsification in “authoritarianizing” setting where political freedom and personal safety are being lost on an ongoing basis. By conducting two list experiments in increasingly authoritarian Hong Kong, we present a novel finding that loyalists, but not opposition members, significantly falsified their support for the Hong Kong National Security Law, a draconian institutional repression enacted in June 2020. Pro-establishment respondents in authoritarianizing contexts arguably anticipate tighter political control and believe that expressing politically “correct” through preference falsification helps avert political risks. Conversely, the absence of preference falsification among pro-democracy individuals might be explained by the psychological costs entailed by the suppression of their anti-government stances.


第10回

【日時】2021年3月11日(木) 10:00-17:30

【場所】オンライン(Zoom)での開催

第1部:ゼミメンバーによる発表

10:05-10:35 橘航大(関西学院大学社会学部4年)
自尊心の潜在的指標についての妥当性の検討―顕在指標の系統誤差の除去と収束的証拠の観点から―

近年の自尊心を用いた研究に潜在的自尊心を考慮した研究が増加している。しかし、顕在的自尊心尺度と潜在的自尊心尺度の間に相関が見られず、構成概念妥当性における収束的証拠が欠如しており、「同じ概念を測っていない」可能性が示唆されている。そこで、本研究では両尺度間の低い相関の説明をよりクリアにするために、アメリカと日本においてデータを取得し、心理統計学の点から自尊心の潜在的指標の妥当性を検討する。具体的には、妥当性の検証に大きな影響を及ぼす系統誤差(特に社会的望ましさバイアスと反応スタイル)に着目し、項目反応理論を用いて除去することで収束的証拠にどのような影響を与えるのかを検討した。 その結果、日本とアメリカの双方おいて収束的証拠が得られなかったことから、低い相関の原因が本研究で扱った系統誤差ではないことが示された。したがって、依然として潜在自尊心指標は、自尊心を測定できていない可能性が残ったままであることが示唆された。

10:35-11:05 中越みずき(関西学院大学社会学研究科博士前期課程2年)
日本の低所得層における保守政権支持の基礎的検討―システム正当化理論の観点から―

政治的混乱が相次ぐなかで、なぜこれほどまでに保守政権が長期化しているのか。日本の社会心理学領域においては、この問いに迫る試みはこれまでなされてこなかった。報告者は、保守政権存続を下支えする低所得層の政治態度に着目し「日本の低所得層はなぜ保守政権を支持するのか」というリサーチクエスチョンを掲げ、システム正当化理論の観点から3つの検討を行った。まず、社会調査データの二次分析によって、政治状況が全く異なる3時点のいずれにおいても、低所得層は、直接的・間接的に保守政党の優勢に寄与していることを明らかにした。次に、2つのweb調査によって、日本の政治文脈にもシステム正当化理論を適用しうること、そして、日本の低所得層においてシステム正当化傾向の高さは保守政党への投票へと帰結するが、システム正当化傾向の低さは政治不参加へと結びつくという、これまでのシステム正当化理論研究では議論されてこなかった「ねじれ」た構造の存在を示した。本結果は、日本における保守政権の長期化というパズルに対して、心理学に依拠した説明を与えることの有用性を示唆する。

(11:05-11:15 休憩)

11:15-11:45 長谷川凜人(関西学院大学文学研究科博士前期課程2年)
敬語と空間的上下との連合に社会的地位は介在するか

社会的地位はしばしば「上下関係」として表現される。Lu et al. (2014) は中国語の敬語と上下表象との連合に敬語の社会的地位が介在することを示した。本研究では、中国語同様に日本語の敬語が空間的上下と連合するか否かを明らかにするために、4つの実験を実施した。単語のカテゴリ判断後に矢印の向き (上 / 下) を判断する課題 (実験1) とその課題の前に個人主義・集団主義プライミング (実験2) を実施した結果、敬語―上下矢印の連合が認められたが、この連合に対する敬語の社会的地位の介在は明らかにならなかった。実験3・4では単語呈示後に画面上部 / 下部に呈示された標的の判断をする課題を実施した結果、敬語と上下位置との連合は認められなかった。以上から、日本語の敬語は上下矢印と連合するが上下位置とは連合しないことが明らかになり、敬語―上下矢印の連合に対する敬語の社会的地位の介在は明らかにならなかった。

11:45-12:15 牧野巧(関西学院大学文学研究科博士前期課程2年)
現実場面における周辺情報が表情認知に与える影響についての実験的検討

本研究の目的は周辺情報が表情から読み取れる感情に与える影響を検討することである。文脈効果が見られる写真にはどのような特徴があるのかを明らかにした上で、そのような写真の情報取得のタイムコースの実験的検討を行った。本研究ではニュース記事に掲載されている写真を使用し、顔のみの写真と背景のみの写真、写真全体から読み取れる情動カテゴリと情動価、情動強度を評価させた (調査)。情動強度が高いと評価されるほど、顔のみの写真と写真全体の情動価の差が大きくなることが示された。また調査で文脈効果が見られた写真を刺激として、背景の写真の呈示時間を操作した上で、顔から読み取れる感情の判断を行わせた。実験1の結果、50ミリ秒程度の背景写真の呈示で表情の判断に影響を与えることが示された。実験2では、実験1で正しく顔と背景の統合が行われていたことが示唆された。本研究の結果は、現実場面で文脈効果が見られる写真はスポーツ場面などの場面依存の効果であることを示唆した。またそのような写真は非常に早い段階から周辺情報を表情判断に取り入れることが可能であることが明らかになった。

(12:15-13:35 昼休憩)

13:35-14:15 大工泰裕(大阪大学人間科学研究科招へい研究員)
詐欺被害防止のための広報啓発の効果を阻害する心理学的要因に関する研究

日本における詐欺被害は未だ深刻な社会問題の一つである。本研究では「予防」・「看破」という詐欺の阻止機会と、これらの組織会での有効な介入手段と考えられる広報啓発に着目し、広報啓発の効果が阻害されてしまう要因を心理学的な観点から明らかにすることを目的とした。まず、「予防」に関しては、人々の詐欺に対する脆弱性認知が低い原因を責任帰属の理論から説明しようと試みた。次に、「看破」に関しては、詐欺の手口を知っているのに被害に遭うという現象を人間の情報処理過程から説明しようと試みた。発表ではこれらの研究から得られた実証的知見を共有し、効果的な詐欺の広報啓発について議論を行いたい。

14:15 -14:55 法卉(大阪大学人間科学研究科博士後期課程3年)
存在論的脅威が文化的世界観からの逸脱に及ぼす影響に関する実験的研究

新型コロナウイルス感染症の流行による死者数は2021年1月時点で世界で200万人を超え、その収束が未だに見えない状況である。しかし、このような危機的な状況において、マスクの着用やソーシャルディスタンスの維持など感染拡大防止策に、拒否的な態度を示している人がまだ大勢いる。1つの理由として、人々は元の生活スタイルを維持することで安心感が得られ、高まった死の恐怖を抑えようとすることが挙げられる。その裏付けとなる存在脅威管理理論は、人の多くの行動は死の恐怖の軽減によって動機づけられている(死の顕現化効果)と仮定している。しかし、今のような危機的状況を乗り越え、混乱の収束を迎えるためには、人は既存規範から離れ、新規範やそれによって生じる生活スタイルの変化を受け入れなければならない。ただし、そのような「逸脱」が生じるプロセスは、従来の存在脅威管理理論の枠組みだけでは説明することができない。そこで、本研究では「集団の死」と「突然の死」の想起が既存規範からの逸脱を生じさせる可能性があると仮定して検討を行い、その結果をご報告する。また、長く問題視されてきた死の顕現化効果の再現性について、本研究は死の顕現化操作の自由記述データを分析することにより、「死の想起は存在論的脅威を喚起する」との基本的仮定を検証し、存在脅威研究では初の試みとして死の顕現化操作の妥当性について議論したい。

(14:55-15:10 休憩)

第2部:招待講演

15:10 -16:10 伊藤友一先生(関西学院大学文学部)
未来思考のプロセスと機能

ヒトは自身が将来経験し得る事象について想像する能力を有している。それによって,将来への備えが可能になり,より豊かな生活が維持されていると考えられる。そのような能力は未来思考と呼ばれている。未来思考をすることは日々の認知活動に様々な影響を及ぼしている。本発表では,未来思考の持つ機能に関する研究,及び未来思考を支えるプロセスに関する研究を紹介する。特にプロセスについては,記憶システムに焦点を当てて議論する。

(16:10-16:20 休憩)

16:20 -17:20 一言英文先生(関西学院大学文学部)
社会文化的文脈における幸福感の意味と働き

幸福度ランキングなど幸福を定量化する試みは、近年社会の様々なセクターで関心を集めている。しかし、そこで測定されている幸福感の含意に見られる系統的な社会文化的多様性については研究の余地があり、特に幸福感の関係的含意や、その働きについては、社会文化的文脈や人のあり方を交えた検討が一定の意義を持つと考えられる。本発表では、幸福感の関係的含意としての協調的幸福感を測定した研究を紹介し、社会文化的文脈との関連と、その生涯発達パターンや健康との関連の文化差について論じる。特に、健康との関連においては、集団主義の適応的機能としての行動免疫に、身近な関係性で感じられる協調的幸福感が関わる可能性を検討した研究を紹介する。


第9回

【日時】2020年8月4日(火) 10:00-14:30

【場所】オンライン(Zoom)での開催

第1部:ゼミメンバーによる発表
10:10-11:10 小林穂波(文学研究科博士前期課程2年)
刺激間距離によるフランカー干渉の変化のdiffusionモデル
フランカー課題における視覚的注意処理のモデルとして、試行の最初には刺激全体に広く分散していた注意が、試行内の時間経過に伴って標的位置に収斂していく過程を表現した数理モデルが提案されている (White, Ratcliff, & Starns, 2011)。本研究はベイズ階層diffusionモデルを用いて先行モデルを拡張し、刺激間距離の増加に伴いフランカー刺激による干渉が低下する現象を表現できるかを検証した。その結果、モデルによる予測は実験で得られた反応時間データのパターンと一致しなかった。そこで新たに試行内の情報集積率を標的に類似した情報が入力される情報全体に占める割合として算出するモデルを作成し,検証した。そして,試行開始時の注意分散の形状を正規分布ではなく収斂度がより高い分布で表現することによって,偏心度の増加に伴う干渉効果の減少をよりよく予測できることを示した。

(11:10-11:20 休憩)
11:20-12:20 水野景子(社会学研究科博士前期課程2年)
繰り返し社会的ジレンマゲームにおける意思決定モデル ー統計モデリングによるアプローチー
社会的ジレンマ状況での意思決定を繰り返すと、初回付近は高い協力率が次第に低下することが知られている。しかし、協力低下のメカニズムはよく分かっていない。本研究では、初期協力率の高さを説明できる社会的価値志向性(SVO)と学習モデルを組み合わせることで協力低下のメカニズムを表現したモデルを構築し、二度の実験によるモデルの検証を行った。その結果、①社会的ジレンマの利得構造、②他者の協力に対する期待(信念)の両方を学習するモデルが、そのどちらかを学習するモデルや強化学習モデルよりもデータにフィットすることが示された。

(12:20-13:00 休憩)
第2部:招待講演 13:00-14:30
片平健太郎先生(名古屋大学大学院情報学研究科)
【タイトル】心理学における計算論モデリングと統計モデリングの接点
行動の背後にある計算過程を強化学習モデル等の数理モデルで表現し,データからそのパラメータや構造を推定する手法を計算論モデリングと呼ぶ。計算論モデリングは,社会心理学や臨床心理学などの後半な心理学領域でも用いられるようになっている。一方で,一般のデータサイエンスにおいては統計モデリングと呼ばれる枠組みが中心的な方法論となっている。心理学で伝統的に用いられてきた分散分析や因子分析などの分析手法も統計モデリングの一つとみなせる。計算論モデリングと統計モデリングの境界線は明確ではなく,共通する構成要素も多い。本講演では,演者なりの視点で両手法の相違点や共通点について整理する。具体的な例として,ある種のギャンブル課題における選択行動の分析を取り上げ,選択履歴の影響や認知バイアスの影響を検討した事例を紹介する。それらを通して,計算論モデリングと統計モデリングそれぞれの利点や,使い分けの方法,そして両手法を統合的に用いる枠組みについて議論したい。


第8回

【日時】2020年3月6日(金) 13:00-17:30

【場所】関西学院大学西宮上ケ原キャンパス 社会学部202教室

第1部:ゼミメンバーによる発表

13:05-13:35 水野景子(社会学研究科博士前期課程1年)
繰り返し社会的ジレンマゲームの意思決定モデルの探索―統計モデリングによるアプローチ―

繰り返しのある社会的ジレンマゲーム(公共財ゲーム)ではゲームを繰り返すにつれ、協力率が下がることが示されてきた。本研究では、他者が協力するかどうかの期待がゲームを繰り返すにつれて更新され、それが自身の持つ平等性(不平等忌避傾向)との交互作用によって協力に影響を及ぼす意思決定モデルを仮定から導出した。社会性を持たないエージェントを仮定した強化学習モデルをベンチマークモデルとしてモデル比較を行った結果、導出したモデルのほうが社会的ジレンマゲームの行動データをよく説明することが示された。
繰り返しのある社会的ジレンマゲームにおける意思決定モデルを仮定から導出し、構築した本研究の知見は、人の協力行動のメカニズムを検討する基礎研究として位置づけられると考えられる。当日は、実験ゲーム研究において仮定からモデルを導出し、データで検証することの意義について議論したい。また、本研究の知見が今後どのような研究に繋がるかについて意見を頂けると幸いである。

13:35-14:05 柏原宗一郎(社会学部4年)
排外主義の規定要因としてのZero-Sum Belief

日本において、旅行者だけではなく労働者についても外国人は増加傾向にある。しかし、ヘイトスピーチなど外国人に対する否定的な態度が社会的に問題になっている。Esses et al(1998)では「誰かが得れば他の誰かが失う」というZero-Sum Beliefが移民への否定的な態度を予測したとしているが、純粋なZero-Sum Beliefなのか外国人一般に対する態度なのかについての弁別が行われていない。本研究では、より一般的なZero-Sum Belief尺度を用い日本においても排外主義的態度を予測するか検討した。研究1では大学生を対象に実験を行い、外国人IATや外国人増加への態度を統制した上でも、一般的な信念としてのZero-Sum Beliefが効果を持っていた。研究2では一般人を対象にWeb調査を行い、他の排外主義尺度も用いて検討し、外国人増加への態度を統制した上でも効果を持っていた。更に、Zero-Sum Belief尺度についての検討を行い、資源の有限性、二分法的思考法、個人的相対的剥奪といた構成要素に分解されることが示された。

14:05-14:35 小林穂波(文学研究科博士前期課程1年)
学習と経験が視覚的注意の誘導を促進するメカニズムの解明

身の回りの膨大な視覚情報を処理するためには、そのときの目的や課題に応じて情報を取捨選択する必要があります。私の研究では、このような視覚的注意による選択を容易にするために関与しているさまざまな要因のうち、記憶・学習・習慣といった過去の経験による注意誘導に注目して、視覚情報処理における選択機能の解明を目指しています。特に視覚情報の空間的な関係性や確率的情報による情報処理の効率化に関する研究をこれまで行ってきました。今後は視覚的注意研究において一般的な反応時間指標に加えて、眼球運動指標を用いた実験を行い、さらに認知モデリングを活用することで、学習および習慣が注意処理の効率性に及ぼす影響を検証します。本発表ではこれまでの研究成果に基づき、今後の研究計画についてお話しします。

(14:35-14:50 休憩)
14:50-15:20 中越みずき(社会学研究科博士前期課程1年)
困窮層における保守主義の心的基盤の解明

日本において,なぜこれほどまでに保守政権が支持され続けるのかは大きなパズルであり続けている。システム正当化理論では「なぜ困窮している人々が,時として政治的・経済的保守主義を示すのか」という問題に取り組んできた。ただし,従来の研究は,経済を巡って左派と右派の明確な対立が存在する国で検討されており,経済意見がイデオロギー対立となり得ていない日本においても当該理論によるアプローチが可能かは不明であった。

そこで,報告者はまず,日本の有権者を対象としたweb調査によって,他国の先行研究と同様に,格差を是認する傾向である経済的システム正当化 (ESJ) が保守イデオロギーを媒介して保守政権支持を予測することを示し,日本の有権者にも当該理論を適用しうることを確認した。次に,低収入層におけるESJの役割を明らかにするため,第25回参議院議員選挙の直後に調査を行った。その結果,一定程度にESJが高じると,高所得者よりも低所得者の方が保守政党へ投票する確率が高くなることが示唆された。

本報告では上記の2つの研究について紹介するほか,有権者の属性による割り当て法を用いた綿密な調査など,今後の研究の展望について報告する。

15:20-15:50 山縣芽生(大阪大学大学院 人間科学研究科 博士前期課程2年)
新型コロナウイルスによる肺炎への感染対策行動および外国人への排外意識に道徳観の個人差と日常的な外国人との接触頻度が及ぼす影響

2020年1月、中国湖北省武漢市を中心に新型コロナウイルスによる肺炎の感染症が流行し、相当数の感染者及び死亡者が報告され、WHOが緊急事態宣言を表明するなど感染拡大は深刻化している。世界中で刻一刻と事態が変化し、情報が交錯する中で、感染から免れるために人間はどのような行動を選択していくのだろうか。本研究では、道徳心理学(特にPurity; 清浄)の観点から新型コロナウイルスへの感染対策行動および外国人(特に最初の発生地とされる中国の人々)への排外意識に及ぼす影響を時系列的に検討する。本研究は、2020年1月31日に日本人1,200名を対象とした第1波調査が実施されて以降、現在も継続中である。現時点で新型コロナウイルスの感染拡大と収束の予測がつかないため、報告内容も調査状況に応じて一部変更することを予めご了承願いたい。

第2部:招待講演 16:00-17:20(新型コロナウイルス感染症拡大により、片平先生のご講演は延期となりました)
片平健太郎先生(名古屋大学大学院情報学研究科)
【タイトル】心理学における計算論モデリングの可能性および注意点


第7回

【日時】2019年7月31日(水) 13:00-17:30

【場所】関西学院大学西宮上ケ原キャンパス E号館102教室

第1部:ゼミメンバーによる発表

13:10-14:00 白井理沙子(関西学院大学小川ゼミD3)
直観的な道徳判断の基盤となる知覚・認知処理の役割の解明

従来の研究は,道徳判断に意識的な思考が重要であることを示してきた。それに反してHaidt (2001) は,道徳判断の主な源泉は情動処理を含む直観にあると主張した。しかし,情動が生起しない場合でも即座に道徳判断が下される場合もあり,直観的な道徳判断のプロセスには不明な点が多い。これを解明するためには,素早く判断を下すうえで重要な役割を果たす初期の知覚・認知処理において,道徳情報がどのような影響を及ぼしているのかを明らかにする必要がある。これまで多くの研究が,ヘビやクモのようなネガティブ情動と関連した刺激は早く気づかれたり,注意を方向づけたりすることを示してきた。道徳と関連した情動情報はこうした生物学的な情動刺激と同じように視覚的気づきや注意処理に影響を及ぼすのだろうか。今回の合同ゼミでは,連続フラッシュ抑制,クラウディング,高速逐次視覚提示法等によって道徳情報が知覚・認知処理に及ぼす影響を調べた研究を報告する。また,個人の倫理的価値観の多次元的な組み合わせからなる政治的信条にも焦点を当て,個人の政治的信条と知覚・認知処理の関連性について検討した研究も報告する。

14:05-14:55 大工泰裕(大阪大学社会心理学研究室D3)
詐欺の手口に関する情報が詐欺への抵抗に及ぼす影響

詐欺被害は長きに渡る社会問題の一つであるが、未だにその解決策は見つかっていない。最大の謎としてあげられるのが、なぜこれほどまでに典型的な手口が知れ渡っているにもかかわらず、被害が増え続けるのかということである。実際、警察庁の調査では被害者のおよそ7割の人々が手口を知っているのにもかかわらず騙されたと報告している。この謎を解明しなければ、広報啓発などの詐欺対策は効果を得られない。
発表者はこの謎を解明すべく、「詐欺被害の手口の情報をどう処理しているのか」、「得られた手口の情報をどのように使用しているのか」という二側面に着目し、研究を行ってきた。当日はこれらの研究結果を報告するとともに、今後の方向性についても議論したい。

15:00-15:50 中村早希(関西学院大学小川ゼミ大学院研究員・大学院奨励研究員)
複数源泉・複数方向の説得状況における説得の2過程モデルの適用可能性

複数人から異なる方向に説得される状況(例えば、選挙)は多々あるにも関わらず、これまでの説得研究では、1人から説得を受ける状況ばかりが注目されてきた。発表者は、複数人から異なる方向に説得される状況での態度変容プロセスの解明を目的とした研究を進めている。本発表では、説得の受容プロセスに関する主要なモデル(説得の2過程モデル)が、この状況においても適用可能であるかどうかを検証した実験について紹介する。具体的には、(1)説得者間で唱導方向が必ずしも対立しない場合(「AとBどちらが良いか」)と(2)対立する場合(「Aについて賛成か、反対か」)の2つの場面を用いて検討した。これらの研究成果について発表し、議論を行いたい。

第2部:招待講演

16:00-17:30 北村英哉先生(東洋大学)

【タイトル】穢れ忌避について

【概要】人の道徳基盤やモラルのあり方について、さまざまな議論が見られるが、清浄さ(purity)について、さらに詳細な研究が必要であろうことは、村山・三浦(2019)においても示されている。道徳基盤のあり方と共に、日本文化を十分勘案した清浄さを検討するにあたって、「穢れ」概念にも配慮し、新たな清浄志向/穢れ忌避傾向尺度を構成した。穢れに関わる実験刺激に対するネガティブ反応の検討など実験知見も交えながら、穢れ忌避傾向の検討結果を示す。


第6回

【日時】2019年2月27日(土) 13時~17時半

【場所】関西学院大学西宮上ケ原キャンパス F104講義室

第1部:ゼミメンバーによる発表

小林穂波・田島綾乃・長谷川凜人・牧野巧・水野景子・中越みずき

第2部:招待講演

16:00-17:30 武藤拓之さん(日本学術振興会特別研究員DC1・大阪大学大学院人間科学研究科博士後期課程3年)

【タイトル】視空間イメージ操作研究への挑戦:多面的視点のススメ

【概要】視空間イメージの操作を支える認知メカニズムの解明は,認知心理学における古典的な研究テーマの1つである。視空間イメージの操作には,物体を回転させるイメージ (物体の心的回転) や,他者が見ている風景を想像する過程 (視空間的視点取得) などが含まれる。本講演では,始めに視空間イメージの操作に関する研究の大枠を説明した後で,講演者が行った2件の研究について詳しく紹介する。1件目は,自分とは異なる視点から見た物体の位置関係を把握する過程 (空間的視点取得) においてイメージ操作がどのように使い分けられるのかを実験的に検証した研究である。2件目は,文字の正像・鏡像判断課題 (心的回転課題の1種) を行うときの認知過程を説明する既存のモデルの正しさについて,ベイズ統計モデリングを利用して検証を試みた研究である。本講演を通じて,研究におけるロジックの立て方や,予想外の結果が得られたときのワクワク感,統計モデリングがもたらす新たな研究の可能性についてお伝えできれば幸いである。


第5回

【日時】2018年8月11日(土) 13時~17時半

【場所】関西学院大学西宮上ケ原キャンパス F104講義室

第1部:ゼミメンバーによる発表

私のベストリサーチ(稲増一憲・小川洋和・清水裕士・三浦麻子)

各ゼミの指導教員がこれまでに行った研究の中から,何らかの基準で「これぞベスト」と思うものについて,それがなぜそう言えるのか,そこから自分が何を得たのか,などを語ります(質疑含めて各40分)

第2部:招待講演

三船恒裕氏(高知工科大学)

内集団バイアス研究の古典から最先端の学際研究まで:私の研究歴と共に

「内集団バイアス」というのは、多くの社会心理学研究者にとって、教科書に載っている「古典」であり「終わった」研究だと思われているかもしれない。しかし近年でもPsychological BulletinやJPSPなどの心理学のトップジャーナルに掲載されるだけでなく、ScienceやNatureさえも賑わすような最先端の学際的な研究分野となっている。その背景にはTajfelマトリックスから経済ゲーム実験へという方法論的変革と、協力の進化の問題との結びつきという理論的発展がある。本発表では社会的アイデンティティ理論から閉ざされた互恵性理論へという理論的変遷と、外集団攻撃の謎という近年注目されている問題を、私が実施してきた実験を中心に説明する。説明に際しては、私が研究を始めた頃には既に「やり尽くされた感」があった内集団バイアス研究に対して、どのようにして新しい研究を開拓していったのか、その発想や思考の背景も紹介したい。


第4回

【日時】2018年3月22日(土) 13時~18時

【場所】関西学院大学西宮上ケ原キャンパス F104講義室

第1部:ゼミメンバーによる研究発表

志水裕美・北川茉里奈・清水千景

Intermission 「心理の学生さんたちをチアアップするお話」(鳥山理恵氏・東京大学大学院)

第2部:招待講演

「顔・パレイドリア・文化」(高橋康介氏・中京大学)

ヒトにとって顔は見慣れた刺激である。大部分のヒトは顔を認識するという行為においてエキスパートである。極めて微細な顔情報の変化を読み取り、顔の背後にある個の有り様を認識する。一方、パレイドリア現象では明らかに顔ではないモノやパターンが、どれだけ頭では否定しようとしても、否応なしに顔に見えてしまう。ただそう見えるだけでなく、その背後に個など存在しないにも関わらず、見えてしまった顔が、個と対峙する者として我々を規定し、行動に影響する。パレイドリア現象とは何なのか。いくつかの実験研究、文化比較研究の紹介を通して、「過剰に意味を創り出す認知」という観点から顔とパレイドリアについて考察(及び妄想)したい。

「遊び・規則性・規則」(島田将喜氏・帝京科学大学)

餌付けされた嵐山のニホンザル(Macaca fuscata)のコドモの「枝引きずり遊び」は、「1つの物だけをターゲットにし、物を持つ方が逃げ手の役割になる」という相互行為の規則性を繰り返し含む(Shimada 2006; 島田印刷中)。発表者はこの規則性は、コドモたちが以下の少なくとも2つのアプリオリではありえない「規則に従う」ことの結果である、と主張する:①遊んでいるまさにその時間・空間においては他でもなく今伴われている物体だけをターゲットとする、②物体の所有者が逃げ手の役割を担う。これらの規則はその性質から、ヒュームのコンヴェンションの概念に相当すると考えられる。嵐山のように餌付けによる「ゆとり」のある生息環境は、コドモたちが社会的遊びの相互行為の中で、コンヴェンションを生成することを可能にする。

「フィールドワーカーから見た心理学実験と実験心理学者から見たフィールドワーク」(島田将喜氏・高橋康介氏・大石高典氏・錢琨氏)

フィールドワーカーから見た心理学実験と実験心理学者から見たフィールドワーク」

我々は、文化人類学と実験心理学のコラボレーションにより、さまざまな地域・文化における顔や身体表現の通文化性と文化依存性を観察、調査、実験を通して探求することを目指している。この中で、方法論や学問的背景がもたらす異分野間のコラボレーションの副産物や問題点が徐々に見えてきた。例えば実験心理学者がフィールドに入ったときの振る舞いを文化人類学者の視点で観察すること、「調査」「実験」がどこまで外部と切り離されたものと捉えるかという認識の違い、などである。本発表では、フィールドワーカーと実験心理学者が同行して調査地(タンザニア)で行った研究の実体験、実験そのものの成果や失敗を踏まえ、今後のコラボレーションへの提言を行う。

ref: Takahashi, K., Oishi, T., & Shimada, M. (2017) Is ☺ Smiling? Cross-cultural Study on Recognition of Emoticon’s Emotion. Journal of Cross-Cultural Psychology, 48 (10), 1578-1586.